見栄っ張りの辞書


美しい日本語 / 新聞記者・清水弟 (千葉県・館山支局)

 パリで暮らしたころは仏和辞典を引きまくった。毎日数十回は開いたから、指をあてたページにお目当ての単語が見つかるまでになった。

 フランス語は名詞に男性・女性がある。「ENZYME/アンジーム(酵素)」は40年ほど前は女性だったが、最近は男性扱いに変わっている。性転換したらしい。

 辞書を引くといえば、このごろは雑誌「サライ」の難関クロスワードパズルで「大辞林」や「逆引き広辞苑」に首っ引きになるか、漢字を忘れたときぐらいだ。手書きとなると途端に詰まってしまう。

 常用漢字表の改訂で難しい漢字がどっさり入った。見るだけで気が重くなる「鬱(うつ)」は一時期、書き方を覚えた。こともあろうに「フランスの憂鬱」(岩波新書)という本を出して、著者がタイトルを書けなくては困ると覚悟し、練習したのだ。常用漢字になったら覚え直すしかない。

 「櫻/さくら」の「2階(貝)の女が木にかかる」は忘れない。難しい漢字には覚え方があるはずだ。インターネットで探した。馬場伯明氏によると、「木木」の間に「缶」を蹴り、ビローンと横に「ワ」を広げ、大事な「米(※)」は「桝/ます(コを右へ90度傾ける)」の中、「匕(匕首/あいくち)」抜いて「3人(杉のつくり)斬り」と書けば「鬱」が完成する。

 それほど使わない「憂鬱」という言葉は、いつまで覚えていられるだろう。忘れやすいからこそ、昔から漢字の書ける人は勉強家と見られてきたのだ。見栄を張って漢字を使いたいなら、辞書を引いて書くしかあるまい。
     (また、どこかで)

※『美しい日本語』は、今回で終了いたします。

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2011年3月21日 | コメント/トラックバック(0) |

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「三馬」と「夜露死苦」 / さんまとよろしく


美しい日本語 / 新聞記者・清水弟 (千葉県・館山支局)

 「まじ」は「まじめ」の略で江戸時代から楽屋ことばとして使われていた。1980年代に薬丸裕英や石橋貴明らがテレビで使いだして若者語に。高橋留美子の漫画「めぞん一刻」で「本気(マジ)」となり、WEBでは「馬路(まじ)」が流行(はや)っているらしい。

 新刊の「当て字・当て読み 漢字表現辞典」(三省堂)で教わった。漫画や歌詞、テレビ・広告、街角で見かける日本語表記を集めたという。自由奔放にして何でもありの賑(にぎ)やかさにあきれてしまう。

 「当て字」は万葉仮名の時代から始まった。夏樫(なつかし)はきれいで、「十六」を「しし」と読むのは「4×4=16」の言葉遊びとか。夏目漱石は「三馬(サンマ)」と書いたし、小説の神様・志賀直哉の小説には「似指(チンポコ)も出てくる。

 「南総里見八犬伝」の曲亭馬琴は、「四六四九(よろしく)」を「4×6=24と4×9=36を足した60回」の意味で使った。暴走族の間で流行った「夜露死苦(よろしく)」にも遊びの精神が感じられる。愛死天流(あいしてる)、真っ向(がちんこ)、包装資材(ぷちぷち)もなかなか楽しい。山口百恵の歌「秋桜」はコスモスと読ませてヒット、秋桜は「新明解国語辞典」(三省堂)にも認知されたとか。

 「漢字表現辞典」を編集した笹原宏之・早大教授は「仏滅も実は物滅の当て字だ。個性的で複雑な日本語の文字や表記法はいまも変化し続けている。当て字や当て読みには人びとの創意工夫が盛り込まれ、それを検証するきっかけになればいい」と書いている。

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2011年1月7日 | コメント/トラックバック(0) |

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