ニホンミツバチ の知恵

いつもどこかで / 新聞記者・清水弟 (千葉県・館山支局)
館山は冬のない町である。東北各地からミツバチの巣箱が数千個運ばれて冬を越す。1月でもサザンカやビワ、菜の花が咲いている。
越冬ミツバチの巣箱を見ながら、坂上昭一博士のニホンミツバチの話を思い出した。中央公論社が出していた月刊誌「自然」で読んだ。
セイヨウミツバチは人を刺したあと、まっすぐ針を抜くから針につながる腸まで千切れて死んでしまう。ニホンミツバチはお尻を回して針を抜くので死なない。やや小さく黒っぽいが、器用なのだ。
セイヨウミツバチは平気でほかのミツバチの巣を利用するが、ニホンミツバチは中古を敬遠し新しく作る。古木のうろに巣を作ったり、地味な木の花を好んだり。群れの数も数千から2万匹とセイヨウの半分ほど、行動半径もやや狭く、2~3㌔という。
明治時代に導入されたセイ
ヨウに押され、激減したニホンが盛り返している。天敵オオスズメバチのおかげだ。数匹のオオスズメに襲われたセイヨウは、パニックに陥り全滅してしまうという。
しかし、日本列島でスズメバチと渡り合ってきたニホンミツバチは「戦略」がある。200匹以上が一斉にスズメバチに襲いかかり、ボール状に包み込むや「布団蒸し」にして熱で殺す。玉川大の小野正人教授が「布団」の温度を測ると、47度もあった。
セイヨウに押されっぱなしのニホンミツバチが、オオスズメバチのおかげで盛り返している。なんだかうれしくなるのは私だけだろうか。
(また、いつの日か)
※『いつもどこかで』は今回で終了いたします。
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2011年3月21日 | コメント/トラックバック(0) |
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ガン・カモ 一斉調査

いつもどこかで / 新聞記者・清水弟 (千葉県・館山支局)
山形県鶴岡市の大山上池・下池は、ラムサール条約に登録された渡り鳥の楽園だ。先日、鶴岡に出かけたついでに下池を訪ねたのはハクチョウを見たかったからだ。
クオ――、クオ――。
駐車場に着いたとたん、ハクチョウの声が聞こえた。湖面にコハクチョウがびっしりいて羽ばたき、飛び立つ準備中だ。まだ6時。薄く雲が広がっているが、東の月山のほうは朝焼けも残っている。
バタバタバタッ。翼をいっぱいに広げ両脚で湖面を蹴って走り出す。大きな体に十分な浮力がつくと滑走路のような波紋を残して飛び立つ。4、5羽だったり十数羽だったり。ゆっくり旋回して上昇、エサ場を目指して飛んでいく。
頭上を通過するとき、ギシギシと驚くほど大きな音が聞こえる。翼を羽ばたかせる筋肉のきしむ音だろうか。
下池のほとりで暮らす写真家の宮川道雄さんが姿を見せた。「今朝は2500羽ぐらいかな。3日前は4千羽を超えた。上空を右回りで旋回するか左回りかは風向きで変わります」。ハクチョウは夜通し鳴いているというが、まったく気にならないと笑った。
宮川さんは毎年1月、環境省のガン・カモ一斉調査で、下池のハクチョウを数えてきた。2011年は新たに酒田市の最上川河口も受け持つ。最上川は地元の「白鳥を愛する会」が担当、10年1月も9700羽と「ハクチョウ飛来数日本一」だった。しかし、その数を疑問視する人も多くいて選手交代となった。
人間どもの騒ぎをよそに、ハクチョウが飛んで行く。
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2011年1月7日 | コメント/トラックバック(0) |
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