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2011年3月22日ジュニアエラ
世界遺産を危機から救え!
2011年3月21日いつもどこかで
ニホンミツバチ の知恵
2011年3月21日美しい日本語
見栄っ張りの辞書
2011年3月20日ハッピーなお葬式にしませんか!?
多様な価値観や非婚化映し 直葬・無宗教葬の二極化へ
2011年3月20日人間万歳 川村二郎
安達瞳子さん

世界遺産を危機から救え!

ジュニアエラ

 南米のガラパゴス諸島は、ユネスコの世界遺産の登録が始まった1978年、真っ先にリスト入りした自然遺産だ。外の世界から隔絶されていたため、独自の進化を遂げた固有の動植物が数多くみられ、「生きた博物館」「進化のショーケース」といわれてきた。

 ところが、世界遺産になったことで観光客や移住者が増え、外来の動植物まで持ち込まれるようになった。長く孤立していた島の生き物にとって、外来種の侵入は脅威だ。こうして、ガラパゴスゾウガメなどの固有種が減少してしまった。

 そうして島は、世界遺産としての価値が失われかねない危機に直面する。2007年には危機遺産に登録された。そこで、島をもつエクアドル政府が移住制限などの対策をとった結果、世界遺産委員会は昨年、「危機は脱した」と判断した。

 世界遺産には多くの関心が集まるが、その登録は貴重な環境が破壊される危険性と隣り合わせだ。世界遺産の現状を知り、保護するために何をすべきかを考えよう。

 ・朝日新聞出版の小中学生向けニュース月刊誌「ジュニアエラ」3月号から

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2011年3月22日 | コメント/トラックバック(0) |

カテゴリー:ジュニアエラ

ニホンミツバチ の知恵


  いつもどこかで / 新聞記者・清水弟  (千葉県・館山支局)

 館山は冬のない町である。東北各地からミツバチの巣箱が数千個運ばれて冬を越す。1月でもサザンカやビワ、菜の花が咲いている。

 越冬ミツバチの巣箱を見ながら、坂上昭一博士のニホンミツバチの話を思い出した。中央公論社が出していた月刊誌「自然」で読んだ。

 セイヨウミツバチは人を刺したあと、まっすぐ針を抜くから針につながる腸まで千切れて死んでしまう。ニホンミツバチはお尻を回して針を抜くので死なない。やや小さく黒っぽいが、器用なのだ。

 セイヨウミツバチは平気でほかのミツバチの巣を利用するが、ニホンミツバチは中古を敬遠し新しく作る。古木のうろに巣を作ったり、地味な木の花を好んだり。群れの数も数千から2万匹とセイヨウの半分ほど、行動半径もやや狭く、2~3㌔という。

 明治時代に導入されたセイ
ヨウに押され、激減したニホンが盛り返している。天敵オオスズメバチのおかげだ。数匹のオオスズメに襲われたセイヨウは、パニックに陥り全滅してしまうという。

 しかし、日本列島でスズメバチと渡り合ってきたニホンミツバチは「戦略」がある。200匹以上が一斉にスズメバチに襲いかかり、ボール状に包み込むや「布団蒸し」にして熱で殺す。玉川大の小野正人教授が「布団」の温度を測ると、47度もあった。

 セイヨウに押されっぱなしのニホンミツバチが、オオスズメバチのおかげで盛り返している。なんだかうれしくなるのは私だけだろうか。
    (また、いつの日か)

※『いつもどこかで』は今回で終了いたします。

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2011年3月21日 | コメント/トラックバック(0) |

カテゴリー:いつもどこかで

見栄っ張りの辞書


美しい日本語 / 新聞記者・清水弟 (千葉県・館山支局)

 パリで暮らしたころは仏和辞典を引きまくった。毎日数十回は開いたから、指をあてたページにお目当ての単語が見つかるまでになった。

 フランス語は名詞に男性・女性がある。「ENZYME/アンジーム(酵素)」は40年ほど前は女性だったが、最近は男性扱いに変わっている。性転換したらしい。

 辞書を引くといえば、このごろは雑誌「サライ」の難関クロスワードパズルで「大辞林」や「逆引き広辞苑」に首っ引きになるか、漢字を忘れたときぐらいだ。手書きとなると途端に詰まってしまう。

 常用漢字表の改訂で難しい漢字がどっさり入った。見るだけで気が重くなる「鬱(うつ)」は一時期、書き方を覚えた。こともあろうに「フランスの憂鬱」(岩波新書)という本を出して、著者がタイトルを書けなくては困ると覚悟し、練習したのだ。常用漢字になったら覚え直すしかない。

 「櫻/さくら」の「2階(貝)の女が木にかかる」は忘れない。難しい漢字には覚え方があるはずだ。インターネットで探した。馬場伯明氏によると、「木木」の間に「缶」を蹴り、ビローンと横に「ワ」を広げ、大事な「米(※)」は「桝/ます(コを右へ90度傾ける)」の中、「匕(匕首/あいくち)」抜いて「3人(杉のつくり)斬り」と書けば「鬱」が完成する。

 それほど使わない「憂鬱」という言葉は、いつまで覚えていられるだろう。忘れやすいからこそ、昔から漢字の書ける人は勉強家と見られてきたのだ。見栄を張って漢字を使いたいなら、辞書を引いて書くしかあるまい。
     (また、どこかで)

※『美しい日本語』は、今回で終了いたします。

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2011年3月21日 | コメント/トラックバック(0) |

カテゴリー:美しい日本語

多様な価値観や非婚化映し 直葬・無宗教葬の二極化へ

ハッピーなお葬式にしませんか
ハッピーなお葬式にしませんか!? / 若尾裕之

 葬儀のかたちは非婚化、少子化、離婚率増加、団塊世代の価値観の変化などの社会状況で、今後さらに変わっていくでしょう。

 私は直葬と無宗教葬への二極化が進むと見ています。直葬とは遺体を火葬するだけで一切の儀式をしない形式。経済事情や親戚が少ないなどの理由で増えていくでしょう。

 一方、仏教離れが進み、無宗教葬、特に思い出の曲や故人が好きだった曲を流すミュージック葬も増えるでしょう。人生最期の晴れ舞台を自分らしい音楽で演出でき、残された家族にとっても癒やしになります。そのためには自分の葬儀を自分で計画することになり、生前に葬儀を予約したり契約したりする人が増えることになるでしょう。

 そうした葬儀の発展形が生前葬です。年齢を重ねるにしたがい、他人とのコミュニケーションがますます大切になります。「自分が元気なうちに生前葬を」という高齢の単身者が増える可能性があります。楽しい老後を過ごすために、節目の年に感謝パーティーとして気軽に開催してはいかがでしょうか。

 葬儀のスタイルは、身内だけで静かに故人を送りたいという家族葬がさらに増加するでしょう。葬儀は命の尊さを確認する自然な行為。家族葬など少人数でお金をかけない方法でも、懸命に生きてきた人への最期のセレモニーを行うのは大切なことです。

 そしてエンディングノートを書くことをお勧めします。「残りの人生で何をしたいのか」「自分の最期をどのように迎えたいのか」という考えをノートにまとめた人生設計の道具です。私が監修した「家族も安心『エンディングノート』」(二見書房)のほか、何種類か市販されていますので、自分に合うものを選びましょう。いざという時に、残された人は大変助かります。そして書き終えたら、ぜひ大切な人と葬儀について話し合ってください。

わかお・ひろゆき / 幸せな最期の迎え方を提案する ハッピーエンディングプロデューサー

【筆者著書】
マイハッピーエンディングノート
マイハッピーエンディングノート

ハッピーなお葬式がしたい!
ハッピーなお葬式がしたい!

家族も安心「エンディングノート」自分で決めるお葬式と手続き
家族も安心「エンディングノート」自分で決めるお葬式と手続き

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安達瞳子さん

人間万歳/川村次郎

川村二郎の『人間万歳』

 桜と聞くと花道家、安達瞳子さんを思い出すのは、着物の似合う美人の忘れがたい言葉があるからだ。安達さんは椿(つばき)を活けることで名の高い家元の家に生まれ、三十一歳の時、親に反抗して家を出た。

 その時に持って出た骨こっ董とうの櫛(くし)を、生活のために処分していないか。
父親が娘を思って骨董屋巡りをしていたことを知ったのは、父親の七回忌がすんだ後だった。

 桜を活けることに一生を捧げようと心に決め、世界中の桜を見て歩いた。ヒマラヤの桜は「まあ、きれい」と思っただけで、終わったそうである。
「高地ですから、空気が乾燥し過ぎているせいだと思うのですけれど、アッケラカンとして、異性に対した時のような胸のときめきがありません。日本は、湿気がありますから、それで花の輪郭がぼんやり見えますでしょう。夜桜は特にそうですけど、妖しい気持ちになるのも、湿気のせいだと思います」

 この話を聴いた時、本で昔読んだ「ものの見方や感じ方を作るのは生まれ育ったところの気候風土である」というのは、こういうことかと思った。日本語の形容詞には情緒的なものが多い。その理由もわかった気がして、国語学者の大野晋さんに確かめたが、「そうだよ」ということだった。

 斗酒なお辞せずと聞いていた。しかし、拙宅にみえるようになったころには体調を崩されていて、お酒を御一緒する機会がなかった。

 酔えばマイクを持ち、高倉健の『網走番外地』を歌った。身一つで家を出たころに覚えた歌だそうである。さぞやあでやかで、凄す ご味み があったことだろう。

筆者紹介<川村二郎 Wikipedia>

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ティーハウスタカノ

 川村二郎の『食歳時記』

 東京・神田神保町の「ティーハウスタカノ」の高野健次さんは、平安時代に権勢を誇り、

この世をばわが世とぞ思ふ望月(もちづき)の虧(かけ)たることもなしと思へば

 と歌った藤原道長の次男、頼宗を先祖に持つ貴族の血筋。世が世なら子爵という華族である。

 今も「蹴鞠(けまり)保存会」の元公家の会員として一月四日、京都・下鴨神社での「蹴鞠はじめ」を皮切りに、春と秋の京都御所一般公開の時などに、平安時代の装束に身を包んで鞠を蹴る。

 紅茶は、ハイカラなことの好きだった祖父の影響だそうだ。
「祖父はメリハリのはっきりした人で、ここぞという時は奮発するんです。酒はいけない口でしたが、口にするものは、本当にいいものしか受け付けない。中でも紅茶にうるさかったんですよ」

 子供のころの紅茶の風味を忘れることができず、大学を卒業して勤めていた医療器具の会社を辞めて店を始めたのが三十七年前。祖父の好きだった紅茶の葉を求めてインドやスリランカに通った。

 ここで出す紅茶は、文字通り色が紅(あか)い。昭和二、三十年代、アメリカよりイギリスの方が好きな家庭が愛した風味である。

 スコーンがまたすこぶるうまい。神田の古書店で紙の匂いをたっぷり吸い込んでから、買ったばかりの黄ばんだ文庫本を手にこの店に座ると、上等な人間になった気分にひたることができる。

 【ティーハウスタカノ】TEL 03-3295-9048

筆者紹介 <川村二郎 Wikipedia>

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星野哲郎さん

人間万歳/川村次郎

川村二郎の『人間万歳』

 星野哲郎さんが福島県いわき市の塩屋岬にいったのは、レコード会社に美空ひばりの歌を頼まれたからだった。太平洋に臨む塩屋岬は灯台がポツンとあるだけで、荒涼としていた。

そこに一羽、カモメが舞った。

メモ帳に、
「カモメ一羽を見つけただけで、ほっと心にあかりがともる」
 と記した。

 このメモを見せてもらった時、「作詞家は、新聞記者と違ってメモがすでに詞になっている」と思ったが、こうして生まれたのが、美空ひばり晩年の傑作『みだれ髪』である。

歌詞の中に、
「春は二重に巻いた帯/三重に巻いても余る秋」
 という一節がある。恋わずらいで痩せたことを、直截(ちょくせつ)な言葉は一切使わず、一度聴けば忘れられない歌詞にした。

 この話を作家の白洲正子さんにすると、「日本には王朝和歌の伝統があるでしょ。その方はおわかりなのよ」と言われた。御本人が聞いたら、何と言われたろう。

 星野さんは、演歌を「僕はもともと船乗り志望でしたからね。潮の香りが好きなんで、エンカは『塩歌』です」と言い、身を焦がすような「炎歌」と、官能的な「艶歌」、それに、歌うと元気が出る「援歌」と、使い分けていた。

 殴り書きした歌詞は朱実夫人が清書した。
清書しながら、
「あなたが書く、何をされても耐えてじっと待つなんていう女は、いるわけないわよ」
 と言った。しかし、夫人が「いい」と言う詞は売れなかった。

『みだれ髪』は、夫人が褒めたうえにヒットした稀有(けう)な一曲である。

筆者紹介<川村二郎 Wikipedia>

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正しく使おうインターネット

ジュニアエラ

 日本では約9400万人もの人がインターネットを使っている。こんなに多くの人がネットを利用するのは、さまざまな便利さがあるからだ。

 たとえば、遠く離れた人と電子メールを交換したり、検索サイトで知りたい情報をすぐに調べたり、家にいながらネット通販で買い物をしたり……。ネットの普及で、暮らしは大きく変わった。

 しかし、よいことばかりではない。使い方を間違えれば、損害を被ったり、事件に巻き込まれたりする。
ネット社会も現実社会と同じで、悪意をもった人がいるからだ。ネット銀行になりすまして口座のパスワードを盗み、お金をだまし取る事件も起きている。

 思わぬトラブルも怖い。長崎県の小学校では、インターネット上の書き込みを巡って争いになり、6年生の女の子が同級生に切られて死亡した。

 インターネットは、天国ではない。便利さの裏には大きな落とし穴があることをきちんと知り、ネットの正しい利用法を身につけよう。

 ・朝日新聞出版の小中学生向けニュース月刊誌「ジュニアエラ」2月号から

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2011年2月22日 | コメント/トラックバック(0) |

カテゴリー:ジュニアエラ

お手元で楽しむシャガールの世界

シャガール ロシア・アヴァンギャルドとの出会い 図録とグッズセレクション

シャガールシャガール

鮮やかな色彩、そして幻想的な作風で知られる
シャガール(Marc Chagall/1887年-1985年)は、
フランスで活動した画家として有名です。 一方で、旧ロシア帝国のヴィテブスク/現在のベラルーシ共和国生まれのユダヤ人として、1900年代初頭に台頭した「ロシア・アヴァンギャルド」の歴史と密接な関係にありました・・・

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2011年2月16日 | コメント/トラックバック(0) |

カテゴリー:未分類

白トリュフ塩

 川村二郎の『食歳時記』

 ここに紹介する「白トリュフ塩」はイタリア・タルトゥフランゲ社のもので、この会社は上質なトリュフの産地としてイタリアでも名高いピエモンテ州のアルバで、トリュフ料理のレストランを出していたオーナーシェフ夫婦が始めた。我が家は東京・六本木の「佐勇(さゆう)」から買っている。

 余談になるが、トリュフは昔、豚に見つけさせていた。ところが豚は、探し当てると食べてしまう。現在は見つけても食べない犬が、主役になっているそうだ。
この白トリュフ塩に使われている塩はフランス西海岸、ロワール川がガスコーニュ湾に注ぐ河口の近くの町ゲランドで作られている。白トリュフはもちろん、イタリアのピエモンテ産。それが混ぜ込んである。

 蓋(ふ た)を開けると、白トリュフの香りが鼻をくすぐる。フランスとイタリアの共同作業の産物かと思えば、心浮き立つものがある。
トリュフはタマゴ料理と合う。オムレツでも何でも、これをほんの少し入れてやる。味の奥行きが一変する。フランスの塩は日本のものと比べると、今風に言えば「ガッツリ」した感じがある。

 フランス料理やイタリア料理にこれを気持ち混ぜれば、カルパッチョでもパスタでも、味が間違いなくワンランク上がる。贅沢(ぜいた く)な気分を味わうことができる。

 うちでは、食べることに執念を燃やす友人や、料理でプロと張り合いたがる知人にプレゼントして、喜ばれている。

 【佐勇】TEL 03-6804-5103

筆者紹介 <川村二郎 Wikipedia>

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